2001.10.01 T.Y.

平成13年度 環境科学野外実習 B (広島大学総合科学部)

担当教官 : 開發一郎 ・ 山中 勤
参加学生 : 今川克也 ・ 岩田充生 ・ 岩永幸樹 ・ 大城一幸 ・ 斉藤光代 ・ 酒井将義 ・ 佐藤 匠 ・ 島本三樹 ・ 竹井 務 ・ 田原康作 ・ 西田早織 ・ 濱本雄司 ・ 本多由佳 ・ 前園広子 ・ 牧野慎也 ・ 松井美香 ・ 三浦梨江子 ・ 見永亜希子 ・ 三宅彩子 ・ 村田圭太郎 ・ 山崎雄平 ・ 山本木綿子 ・ 吉竹晋平



北海道巡検2001 −実測編−



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図1 流量観測および簡易水質測定の実施位置
(黒丸は流量と水質、白丸は水質のみ、橙色破線は流域界)

流量観測
方法
錦多峰沢川(樽前橋付近)、錦多峰川(新錦橋付近)およびナイベツ川(名水ふれあい公園内)の3ヶ所で流量観測を実施した(図1)。河道に対して直交するようにメジャーを張り、横断方向に40cm間隔で水深と流速を測定した(写真1参照)。どの地点も水深があまり大きくなかったため、流速の測定は1点法に拠り、水面から水深の6割に相当する深さで測定を2回繰り返し、平均値を求めた。使用した測器は広井式流速計で、スクリューが100回転するのに要する時間を測定し、次のキャリブレーション式により流速に換算した。
V = 0.139 N + 0.010
ここで、Vは流速(m/s)、Nは1秒あたりの回転数である。

40cm間隔で分割された小断面の流量はその区画の断面積と断面平均流速を乗じることによって求められる。すなわち、小断面流量qi(m^3/s)は次式で与えられる。
qi = bi {(Hi-1+Hi)/2} {(Vi-1+Vi)/2}
ここで、biは区画幅(= 0.4m)、Hi(m)とVi(m/s)はそれぞれ測点iにおける水深と流速である。河川流量Q(m^3/s)は全ての分割小断面にわたってqiを積算することによって得られる。

写真1 錦多峰川(新錦橋付近)における流量観測風景
結果
流量の測定結果を表1に示す。なお、ナイベツ川での流量観測にあたっては、水道水源であることに配慮して浄水場取水口の下流で測定したため、本来の自然流量とは異なる。そこで、千歳市水道局調べによる平水時の流量を併記した。取水前流量から年平均取水量(35,200 m^3/day or 0.41 m^3/s)を差し引いた値は、若干の誤差はあるものの、今回の観測流量とおおむね一致する。

表1に、流域面積、流出高(流量を流域面積で除し水柱高で表示したもの)ならびに流出率(流出高を降水量で除したもの)を併せて記した。流域界は国土地理院2万5000分の1地形図をもとに推定し、流出率の算出にあたっては支笏湖畔AMeDASによる年降水量(統計期間:1978〜1997)の観測値 1750 mmを使用した。 (なお、流量は時間変化するため、流出率の算出を一回の流量観測値のみにもとづいて行うことには問題があるが、ここでは擬似的に平均的な流量が得られたものと仮定して、以下、話を進めることとする。) 流量で見ると、錦多峰川が最も多く、ナイベツ川、錦多峰沢川の順に少なくなる。ところが、単位面積当たりの流量である流出高で見てみると、錦多峰川と錦多峰沢川が900 mm程度でほぼ等しいのに対し、ナイベツ川(取水前)はそのおよそ4倍近い3278 mmで、明らかに前二者よりも大きい。また、錦多峰川・錦多峰沢川の流出率はおよそ50%程度であるが、ナイベツ川では187%に達し、取水後の値(112%)でさえ流域降水量を上回っていることが分かる。
表1 各河川における流量ほか
河川名流量
(m^3/s)
流域面積
(km^2)
流出高
(mm/yr)
流出率
(%)
錦多峰沢川0.268.9491752.4
錦多峰川0.9833.991452.2
ナイベツ川0.426.681967112
ナイベツ川*0.696.683278187
* 浄水場による取水前の流量(千歳市水道局調べ)
考察
表1に掲げた数値の信頼性については、流量観測値の時間的な代表性の問題に加え、AMeDAS雨量観測値の空間的な代表性の問題、あるいは峰と谷の間の比高が小さいことによる流域界決定の不確定性の問題などのため、必ずしも十分なものとは言い難いが、支笏カルデラ南麓部の錦多峰川水系と東麓部のナイベツ川の間で、両者の流出傾向の差違は歴然としている。ナイベツ川の流量が、流域に与えられる全降水量をも上回ることの原因としては、地形上の流域界を越境する地下水流入の寄与が考えられる。流域内の地質が均質である場合には、地下水の流動は本質的に地表の起伏によって支配されるが、火砕流堆積物などを含む火山地域では地質が極めて不均質であり、選択集中的な地下水流動が生じ易いことが従来から指摘されている。ナイベツ川湧水は、水面が盛り上がるほどの勢いで湧き出していることから(動画参照)、周囲の浅層地下水よりも被圧の程度が高いと考えられ、選択的流動経路を介した流域外部からの地下水流入が豊富であることは間違いない。ただし、従来言われているように、その水が支笏湖の漏れ水であるか否かは、水量のデータだけでは判断しがたい。一方、錦多峰川水系の流出率は我が国の平均的な流出率(0.7程度)と比較してやや小さい。数値の信頼性があまり高くないため厳密な議論は出来ないが、こちらはナイベツ川のケースとは逆に、流域外(例えば樽前山北麓)への地下水流出が存在するかもしれない。最後にもう一つ興味深い点を付け加えるならば、浄水場による取水後のナイベツ川の流出率が100%を越えている点を指摘したい。このことは、人間社会による取水が付加的な地下水流入による余剰分の範囲内で賄われているということを意味しており、自然界の水循環に配慮した水利用であるといえるかもしれない。
簡易水質測定
方法
支笏湖(ポロピナイキャンプ場)、錦多峰沢川(樽前橋付近)、錦多峰川(新錦橋付近)、樽前川(樽前ガロー中央付近)、ナイベツ川湧水(ナイベツ川源頭部)、およびナイベツ川(名水ふれあい公園内)の5地点で水質を測定した(図1)。測定項目(と測定方法)は、水温(棒状温度計)、pH(比色計)、電気伝導度 EC(携帯型電導度計)、硬度、マグネシウムイオン濃度 Mg、鉄イオン濃度 Fe、銅イオン濃度 Cu、亜鉛イオン濃度 Zn、COD、硝酸イオン濃度 NO3、亜硝酸イオン濃度 NO2、アンモニウムイオン濃度 NH4、およびリン酸イオン濃度 PO4(以上、パックテスト)の13項目である。
写真2 支笏湖畔(ポロピナイ)での簡易水質測定風景
結果
水質測定結果を表2に示す。水温、pH、ECおよび硬度の空間的変化傾向はほぼ同様で、支笏湖で高く、ナイベツ川水系で低い値を示している。錦多峰川水系と樽前川はこれらの中間的な値を示すが、ほぼ同程度か、樽前川の方がやや低い。マグネシウム濃度の分布は硬度などと類似の傾向を示すが、隣接した錦多峰水系と樽前川、あるいはおなじ錦多峰水系内の本・支流間でもやや大きな差が認められる。鉄イオンは支笏湖では全く検出されないものの、ナイベツ川湧水で比較的多く、マグネシウム同様、近隣の河川間の差違も大きい。銅と亜鉛は検出限界に近く、有意な空間的差異は見出しにくい。CODはほとんどが2以下で、北海道の陸水らしく貧栄養であることを明瞭に示しているが、ナイベツ川のみやや大きくな値を示している。硝酸イオン、亜硝酸イオンおよびアンモニウムイオンの3項目はすべて検出限界付近の値を示し、CODとの相関関係も希薄である。これに対し、リン酸はほとんどで検出限界を上回り、CODとの相関が高い。

ナイベツ川の水質をそのおよそ2.5km上流におけるナイベツ川湧水の水質と比較すると、ECおよび硬度ではさほど変化はないものの、水温は大きく上昇し、他の河川での値に近くなっている。ナイベツ川湧水の水温は周辺地域の年平均気温(8℃程度)におおむね等しく、下流部ではこれと9月の平均気温(15℃)の中間的な値を示している。また、水温と同様に、ナイベツ川のpHは湧水地点で小さいが、下流部で上昇し、他の河川の値に近づいている。一般に、地下水が地上へ湧き出ると溶存二酸化炭素が大気中へ放出されためにpHが上昇するといわれている。
表2 支笏湖および周辺河川の水質測定結果
測定項目支笏湖錦多峰
沢川
錦多峰川樽前川ナイベツ川
湧水
ナイベツ川
水温 (℃)19.712.513.512.68.410.5
pH7.47.37.27.16.67.1
EC (mS/m)20.816.016.910.48.08.3
硬度 (mg/l)754050501010
Mg (mg/l)525111
Fe (mg/l)000.50.20.40.2
Cu (mg/l)0000.500
Zn (mg/l)00.50.50.50.50.5
COD (mg/l)212024
NO3 (mg/l)021121
NO2 (mg/l)0000.0200
NH4 (mg/l)000.10.100.1
PO4 (mg/l)0.1500.100.050.100.20
注) 検出限界値未満は“0”と表記
考察
湖沼の水質は深さ方向の変化が大きいため、表2に示されたデータのみでナイベツ川湧水が支笏湖の漏れ水であるか否かを断定することは難しいが、両者の水質組成は周辺河川との相互比較においてきわめて対照的であり、水深による変化の少ないEC(溶存成分総量の指標)や硬度(主に岩石から供給されるCaやMgの総量の指標)も決定的に異なっている。したがって、ナイベツ川湧水の起源を支笏湖の漏れ水に求めることは困難であり、支笏カルデラの外輪山にもたらされた降水によって涵養されているものと推測される。ナイベツ川湧水は、水温・水量の年変化が小さいといわれており、降水が地中に浸透してから少なくとも1年以上の長い時間をかけて、比較的深い流動経路を経て湧き出してきていると考えられる。にもかかわらず、ECや硬度があまり高くないのは、水との反応(風化・融解など)が起こりにくい性質の岩盤の亀裂あるいは空隙を流動してきたためであろうと思われる。なお、ナイベツ川のCODが高かった点は意外だが、周囲を豊かな緑にかこまれ、人為的汚染の可能性も少ないことから、動植物体の分解などによって生じた有機物の影響ではないかと思われる。



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