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菅平とのかかわり


 私の卒業研究のタイトルは『日本海沿岸から脊梁山脈にかけた新雪中の主要化学組成の分布』という大変へんてこなものでした。気象学とは無縁で、むしろ雪氷化学や大気化学に近いものと勘違いされる表題です。しかし、標題というのは後から中身に沿ってついてしまっただけで、当初は”地形性上昇に伴う降水量の増幅率を積雪の化学成分から推定できないか”という壮大(?)な発想があったのです。地形性降水の典型例として冬型季節風に焦点を絞り、降水の観測を一人で行うために積雪を対象としました。もちろん、大好きなスキーもできたらという邪念もありました。自分が好きなこと、自分に向いていることから着手する事は、私の基本姿勢でした(嫌なことを避けて通る事とは違います)。雪の化学組成を調べるだけで地形性降水の発現域が特定できないかという発想で、長野県菅平を中心として積雪サンプリングにいそしんだのが、自前観測の始まりでした。雪を見た事のない九州出身の同級生を誘い、3m近くのピット掘りに挑戦したり、雪尺、サンプル缶をぶら下げてスキー場を闊歩したものでした。積雪中の化学組成比は驚くほど海水のものと一致し、水蒸気が海からやってくることを歴然と示しています。一方で、積雪量や化学成分量が必ずしも標高や海岸からの距離に依存しない事に、降水現象の奥深さを知り、より広域の状況を把握するために修論でのアメダス解析へと進展してきます。雪氷観測の基礎は、名古屋大学水圏科学研究所や北海道大学低温科学研究所にのこのことお邪魔をし、勉強しました。そこで熱く語られるヒマラヤや南極観測の話に耳を傾け、いつか自分も海外で観測生活を送ってみたいという夢を描くようようになります。学問というのは決して所属部署に閉じることなく、勉強したければどこにでも出向いて教われば良いのです。そのために、的確な情報をお持ちで、先方を推薦してくれる恩師との巡り合いは非常に重要です。

 さて、話は菅平に戻ります。
 筑波大学菅平高原実験センターの母体は”1934年に冷涼な高原地帯の生物や地理を研究する目的で開設された”とあります。これだけ長期に活用されている高所有人観測施設はあまりありません。快適で安価な宿泊施設もあり、活用しないわけにはいきません。センターに常駐する技術員の方と、長期気象データを分析してみると、降雪深に変化は見られないが降水量は増加する傾向や、夏の最高気温が30度を超える日が出現するなど、気候変動の断片がちゃんと記録されていることが明らかとなってきました(Shimizu, 2012)。客観解析データやシミュレーションを組み合わせることで、日本海側や太平洋側ではない内陸山岳域の山岳気象の得意性を明らかにしていく必要があります。

 菅平は少し北に位置する志賀高原に比べて積雪量は激減し、ちょうど冬型降雪域の境界(天気界)に位置します。高標高のため、パウダースノーに恵まれ、乾き雪が地上風の影響を受けて移動したり、美しい雪の結晶を観察することもできます。同地域の降雪や融雪は移動性の低気圧活動にも左右されることが特徴です。そのため、厳冬期にも低気圧が引き込む暖気により降雨が発生することがあります。冬季モンスーンの強弱と低気圧活動は中部山岳域の降積雪とどのように関係し、流域水収支や小気候にどのような影響を及ぼすかは非常に興味あるテーマです。多くの雪氷気象研究は寒冷な北海道や多雪の日本海側に集中しています。当初は本州高標高地点でも同様の雪氷現象を想定していましたが、近年は低気圧活動の変調により厳冬期でもRain-on-iceや極端な融雪といったシグナルが観測されるようになりました(詳細は論文の欄をご覧ください)。

 一方、夏の菅平も捨てたものではありません。2009年からは、根子岳山頂から上田盆地まで2000mの標高差を利用した山岳気象観測を開始し、谷地形と山脈の影響を受けた局地循環や雷雨・霧の発生などの小気候研究に着手しています。2010年度からは、信州大学・岐阜大学との連携し、複数大学の山岳観測拠点を活用た中部山岳環境変動の研究も始動しました(詳しくは中部山岳連携事業)。同事業には、菅平実験センターのほか、井川演習林、八ヶ岳・川上演習林も参加しています。”山岳”というキーワードでこれだけの人が集まるものだと驚かされるくらいワークショップは盛況です。

 日本は複雑な山岳域で構成される特徴を持ちつつ、山岳気象や天候に関する国際的研究成果は少ないように思います。JALPS常設高山研究施設の利点を生かし、以下の内容の研究を推進しています。
> 中部山岳域拠点の気象データアーカイブ
> 地上気温減率の物理過程
> 局地循環と総観場の連動
> 降雪粒子・降雪量計開発、補足率検討
> 積雪の狭域分布と再分配
> 極端な雪面低下と低気圧活動、高所雪氷圏で降る雨の働き
> 多層積雪モデルの検証

 筑波大学から長野県はやや距離が遠いですが、圏央道も開通し比較的移動が楽になりました。AWS観測・移動観測や積雪観測を駆使して、他の大学にはできない機動性のある山岳気象観測を実践中です。測器設置をお手伝いいただける学生さんも募集中。2月の連休には”菅平降積雪実習”と称して誰でも参加できるオープン実習を行っております。なんといっても非日常の白銀の世界は最高!詳しくはトップページ”セミナー・実習等”に紹介してありますので、こちらも沢山の参加をお待ちしています。












Tsukuba Geoenvironmental Sciences (TGS)に菅平における観測成果を掲載していますので、こちらもご覧ください。

1) Yasunari T., and Ueno K., 1987: The snow cover environment in Sugadaira, central  Japan, Annual Report of the Institute of Geoscience, The University of Tsukuba, No.13, 58-64.

2) Ueno K., Y. Watarai, A. Kusada, N. Hirose, and S. Shimizu, 2008: Spatial heterogeneity of snow covers in Sugadaira, central Japan. Tsukuba Geoenvironmental Sciences, 3, 33-39.

3) Ueno K., T. Morimoto, S. Sugimoto, J. Asanuma, S. Haginoya, K. Takahashi, N. Okawara, A. Shimizu, K. Dairaku, M. Mano, and A. Miyata, 2008: Establishment of CEOP Tsukuba reference site. Tsukuba Geoenvironmental Sciences, 4, 17-20.

4) Ueno K., S. Ueda, R. Kanai, D. Masaki, Y. Sato, S. Rin, M. Hirota, 2017: Diurnal and seasonal variation of air temperature profile in the mountain forest at Sugadaira, central Japan. Tsukuba Geoenvironmental Sciences, 13,1-12.