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温帯低気圧の研究

 中緯度大陸の東岸はサイクロントラックと呼ばれる傾圧帯が位置し、それに沿った温帯低気圧のもたらす定期的な降水が日本の水資源を支えています。大学院大学院博士課程前記(修士研究)では、温帯低気圧の通過に伴い、日本列島上でどのように雨域が移動するかを、アメダスデータを利用して客観的に分析しました(上野、1989)。一般に複雑な地形が降水量の増減をもたらしていると考えられがちですが、空間フィルターを用いて低気圧スケールの雨域とそれに内在するメソスケールの雨域を分離し、それらを格子点化して移動を客観追跡し短時間強雨域の抽出を試みました。博士課程後期(学位研究)では、ここで培った追跡手法を北半球スケールに拡大し、客観解析データ上で抽出した低圧部(低気圧)の分布活動がテレコネクションパターンや列島上の降水量変動とどのような関係にあるかを明らかにしました(Ueno, 1991;上野,1991;Ueno, 1993)。さらに、低圧部を中心として、その周囲の温湿度場に主成分分析をかけることで、特徴的な温湿度場を持つ低気圧がいつどこに出現するかを北半球スケールで明らかにしました(Ueno, 1992)。

 これらの研究はややもすると地理的な分布論に特化し、気象学的な物理的解釈の考察には欠けているものでした。それでも、冬季の太平洋側の降水量変動が低気圧活動と密接に関係している事を示した点で、今でもUeno (1993)は引用されています。一方、温帯低気圧といえば、L字から寒冷前線と温暖前線が延びる”低気圧”という印象が強いと思いますが、実は世界の温帯低気圧の立体構造は多様で、欧米では急速に発達するいわゆるBombと呼ばれる低気圧の研究や、前線形成の観点から低気圧を分類する研究が盛んにおこなわれていました。特にサイクロントラックの延長上で様々な様相に変化した低気圧が到来するノルウェーは昔から温帯低気圧研究のメッカでした。それを一番印象的に感じたのが、1994年にノルウェー・ベルゲン市で開催された温帯低気圧の一生に関するシンポジウムへの参加でした(天気、42巻、29-35頁)。この時購入したExtratropical cyclones(AMS1990年発行)は今でも低気圧研究のバイブルとして大切に本だなに飾ってあります。この本では、既にPV thinkingやWBC,CCBといった気流系構造が解説されており、自分の頭では気象力学の世界についていくのは無理だと悟った一方で、こんなに頻繁に低気圧が到来する日本で、低気圧の立体構造をちゃんと分析した観測研究が乏しいと感じた事が、今でも続けている低気圧研究の原動力となっています。

 当時の国際学会でもう一つの印象にのこる学者がBrowning博士でした。日本版の二宮先生とでも言いましょうか。イギリスの低山でもSeeder feeder効果により降水量が増加する話に非常に感銘を受けました。当時は台風に伴う”地形性降水”くらいしかか頭に無かったため、雲物理も含めた擾乱に対する地形の降水を勉強しなおすきっかけとなりました。国際学会が不慣れで、ご本人と直接会話をする勇気が無かったのが今でも残念です。若いうちに世界で活躍する人々と出会いましょう。

 博士課程を終了後、チベットヒマラヤ研究に慢心した時期もあり、しばらく低気圧研究から遠のいていたのですが、山岳域での降積雪研究に携わりながら(詳しくは”内陸域の降積雪”のコーナーへ)、大雪地域に住まない自分に何ができるかを考えたとこ、太平洋側や中部山岳域に降雪をもたらす冬季低気圧活動に関して博士時代の知識を活かした研究ができないか考えるようになりました。温暖化研究は沢山ありますが、冬季に山で降る低気圧性降雨に着目した研究は少なかったのでRain on snowの発現傾向を分析し(佐藤ほか、20012)、閉塞過程の低気圧が冬季に多降水をもたらしやすい事(安藤、上野、2015)をつきとめました。冬の気圧配置の長期変化を見ると、昔は冬型と高気圧が交互に来たのに、1980年代以降は冬型と低気圧が交互にくる傾向にあるようです(伊藤、上野、2016)。

 降水観測といえば昔は雨量計が武器でしたが、TRMMが飛び出してからは宇宙から雨が観測できるようになりました。そこで、JAXAとの共同研究でGPM主衛星データを活用した閉塞型低気圧に伴う雨域の立体構造解析を行い、DIの貫入に伴う降水強化を指摘したり(Sawada and Ueno,2020)、高所の層状性降水域がマイクロ波推定降水量を過大評価する事を明らかにしています(上野ほか、2019)。自分が若いころに勉強した知識はかならずどこかで繋がる(生きる)事を信じて、発想を温めておくことが大切です。
 
 皆さんも、天気図で見慣れた低気圧が実は様々な立体構造を持ち、世界中にはもっと不思議な低気圧が沢山ある事も忘れないでくださいネ。


(閉塞過程の低気圧に内在する気流系のイメージ)

  (上野、1989より)

 (Ueno、1993より)

 (Eri Palmen Memorial Volume, 1990)

 (安藤、上野,2015より)

  (Sawada et al., 2019より)

(ヨーロッパの天気図、MetOffice)