東南アジア華人社会と中国僑郷

−華人・チャイナタウンの人文地理学的考察−


山 下 清 海 著

古今書院

2002年7月 定価6500円

 

まえがき

 海外旅行に出かけ、そろそろ現地の食事にも飽きてきたころ、街中でたまたま中華料理店を見つけて飛び込み、久しぶりにおいしい食事にありついて生き返ったような気がしたという経験談をしばしば耳にする。世界各地、どこへ行ってもたいていの町には、華人経営の中華料理店がある。

 今日、華人の動向は、世界的に注目されている。マスコミにおいては、華人経済圏、華人パワー、華人ネットワークなどの用語がよく目につくようになってきた。しかし、華人の生態や動向については、社会的に正しく認識されているとは言い難いのが現状である。現実以上に、華人の経済的側面ばかりが強調され、しばしば華人の活動が実体以上にセンセーショナルに報じられることもある。

 本書では、筆者の長年にわたる東南アジアおよび中国における現地調査にもとづき、東南アジアにおける華人社会の生態、および東南アジア華人社会と中国との相互関係について考察したものである。

 本書の内容は、大きく3つに分けることができる。まず、第I部において、グローバル化する最近の華人社会の動向を踏まえた上で、華人社会をとらえる視点について論じ、華人社会研究の課題について整理・検討した。

 次に第II部においては、東南アジアの華人社会の基本的特色と各地の地域的特色について、各地の具体例を示して論じたものである。各地の特色ある華人社会は、居住国の華人の置かれた政治的、社会経済的状況を如実に映し出している。

 最後に第III部では、「僑郷」(「華僑の故郷」という意味)と呼ばれる海外華人の出身地(出移住地域)である福建、広東、海南各省における調査にもとづいて。僑郷の地域的特色と、僑郷と東南アジア華人社会との社会経済的、文化的な結びつきについて論じた。

 ところで、筆者は、1978〜1980年、シンガポールの南洋大学(華人自らが創立した大学)留学を契機に、東南アジアの華人社会に関する実証的研究を開始した。その主要な成果として、『東南アジアのチャイナタウン』(古今書院、1987年)および『シンガポールの華人社会』(大明堂、1988年)の2冊の著書にまとめて公刊した。前著は、東南アジア各国の華人社会やチャイナタウンの地域性に重点を置いて考察したものである。また、筆者は、東南アジアの華人社会と中国との結びつきにも着目し、広東・福建・海南各省における僑郷(「華僑の故郷」の意)に関する調査研究も実施している。これらの研究は、華人社会を考察する際に、血縁的・地縁的結びつきの強さに十分留意する必要があることを示している。この結びつきが、世界各地の地域性の形成で大きな役割を果たしているものと思われる。

 現在、筆者は、継続して東南アジアおよび僑郷に関する調査研究を行っている。また、大学院生時代から開始した日本における華人社会や中華街に関する研究、さらにはアメリカ、カナダ、オーストラリアをはじめとする世界の華人社会・チャイナタウンの比較研究も進めてきたが、昨年夏には、世界のチャイナタウンの比較研究として、『チャイナタウン−世界に広がる華人ネットワーク−』(丸善、2000年)を出版した。

 本書は、著者にとって、華人社会・チャイナタウン研究の4冊目となる単著である。本書で十分に論じ得なかった諸点については、近い将来、別の機会に論じたい。


まえがき

第I部 華人社会への視点
 1.華人社会のグローバル化
 2.華人社会研究の視点
 3.本書の目的と構成

第II部 東南アジアの華人社会とチャイナタウン
 1.東南アジアのチャイナタウンの伝統と変容
 2.シンガポールの近代化と華人社会
 3.東南アジア華人の食文化 −シンガポール・マレーシアを中心に− 
 4.東マレーシア、サラワクの華人社会−華人方言集団の分布パターンの形成過程− 
 5.東マレーシア、サバの華人社会 −サンダカンのカカオ・プランテーション−
 6.ブルネイの地域性と華人社会
 7.【付論】韓国華人社会の変遷と現状−ソウルと仁川の元チャイナタウンを中心に−

第III部 中国における僑郷の地域性−その地域的特色と移住先との結びつき−

 1.海外華人のふるさと「僑郷」 
 2.福建省における僑郷 
 3.広東省東部、潮州地方の僑郷

あとがき
索引