東京教育大の学生であった頃,中央線沿線の西荻窪に住んでいた。いつも銭湯の帰りには,洗面器を持ったまま古本屋に立ち寄った。その時に買った本が,本多勝一著『極限の民族』(朝日新聞社,一九六七年刊)であった。当時,本書はベストセラーであり,私が買ったのは,刊行から四年あまり過ぎた第一四刷であった。 著者の本多勝一は,当時,朝日新聞のスター記者であり,のちに,ベトナム戦争や日本軍の中国での残虐行為などのルポを朝日新聞に連載して大きな反響を呼んだ。 本書は,朝日新聞に連載されたルポをまとめたもので,「カナダ・エスキモー」,「ニューギニア高地人」,「アラビア遊牧民」の三部作からなっている。いずれも,現地に住み込んで,当時ほとんど知られていなかった民族の姿を生き生きと描き出した。理学部地学科地理学専攻の二年生であった私は,本書を読んで,将来は自分も外国の民族について調査をしたいと思うようになった。今思えば,私が世界の華人(華僑)社会やチャイナタウンの研究をするようになったのも,『極限の民族』の影響だろう。二年生の終りの春休み,私は本多のまねごとをしながら,リュックを背負って東南アジアのひとり旅に出かけた。 「カナダ・エスキモー」の中で,本多がカリブーやアザラシなどの生肉を食べる場面が出てくる。本書から学んだことの一つは,調査者は,現地の人々が食べているものを食べ,できるだけ現地の人々と同じ生活をするべきだということである。大学院時代にシンガポールに留学した際にも,東南アジア各地を歩きながら,このことを実践するように努めた。 大学教員になってからも,屋台や大衆食堂で,できるだけ現地の人々と同じものを食べるようにしている。中国や韓国では犬料理を味わい,池袋チャイナタウン(池袋駅北口周辺)の調査でも,院生たちといっしょに,犬肉の鉄板焼きや蚕のさなぎの串焼きなどを食べながら,「人文地理学をやるんだったら,何でも食べられないとダメだ!」などと,アカハラもどきの「指導」をしている。 (朝日新聞社,1967年刊) (人文地理学・教授) |