読売新聞(夕刊) 文化欄1995年6月1日 

 

新チャイナタウンは郊外型
−米国の華人社会最新事情−

山下清海(秋田大学教授)

 

 サンフランシスコは、世界的な観光都市である。ここを訪れる日本人観光客のほとんどは、ケーブルカーに乗り、チャイナタウンで中華料理を味わう。ベイブリッジを渡るとサンフランシスコの対岸のオークランドである。オークランドの都心近くにも、チャイナタウンが形成されている。オークランドの北に隣接するのが、大学町として知られるバークレーである。

 私は、これまで日本国内や東南アジアの華人社会とりわけチャイナタウンに関する研究を続けてきたが、昨年からカリフォルニア大学バークレー校で、アメリカ華人(中国系アメリカ人)社会について研究する機会を与えられ、先ごろ帰国した。本稿では、アメリカ華人社会の最近の動向について報告したい。

アジア系の最大勢力

 一九六〇年、アメリカの日系人が四六万人であったのに対し、華人人口は二四万人にすぎなかった。アジアからの移民を制限していた移民法に代わって制定された一九六五年の新移民法は、本国からの家族呼び寄せを促進するとともに、新しい華人移民の急増をもたらした。華人人口は、七〇年には四四万人となり、八〇年には八一万人に達した。そして華人は、フィリピン人や日系人を追い越して、アジア系アメリカ人の最大グループとなった。

 七九年の米中国交正常化以降、中国大陸からの移民が加わった。さらに八〇年代以降の改革・開放政策の推進は、中国大陸に出国ブーム、海外留学ブームを出現させた。中国において最も人気の高い、憧れの外国はアメリカであった。九〇年のアメリカの華人人口は、日系人人口の二倍近い一六五万人にまで膨れ上がった。その四割あまりが、カリフォルニア州に居住している。

広東語から北京語へ

 サンフランシスコのチャイナタウンから西へ六キロほど進むと、リッチモンド区のクレメント通りになる。この一キロあまりの通りの両側には、漢字の看板を掲げた華人経営のレストラン(中華料理店のほかにベトナム料理店、タイ料理店などを含む)、ファーストフード店、スーパーマーケット、銀行、書店、旅行代理店などが連なる。華人はここを新チャイナタウン(中国語で「新華埠」)と呼ぶ。

 サンフランシスコ中心部に位置する旧チャイナタウンは、駐車難が深刻で、老朽化が目立ち、治安悪化の問題を抱え、住民の高齢化が進んでいる。このところ来訪者数も停滞気味である。これに対し、新チャイナタウンは観光地ではないが、サンフランシスコ周辺各地から訪れる華人でにぎわっている。この周辺は、社会経済的に上昇した華人や、台湾、香港、東南アジアなどからの豊かな新移民に人気のある新興住宅地となっている。旧チャイナタウンの住民の多くは広東人であり、そこは古くから広東語の世界であったのに対し、新チャイナタウンの中華料理店では、マンダリン(いわゆる北京語)で会話している客が目立つ。

 このような郊外型の新チャイナタウンの形成は、アメリカの他の大都市においてもみられる。ロサンゼルスのチャイナタウンから一〇キロほど東に位置するモントレーパークの中心部は、「リトル台北」と呼ばれる新チャイナタウンの典型例である。ニューヨークの場合も、マンハッタンのチャイナタウンとは別に、郊外のブルックリンやクイーンズに新チャイナタウンが形成され、拡大を続けている。

 サンフランシスコから、その七〇キロほど南に位置するサンノゼまでの一帯は、シリコンバレーと呼ばれる地域である。このアメリカのコンピュータ産業の中心地では、華人の技術者や研究者が多数働いている。一般に華人学生は、理工系指向が強い。白人優位のアメリカ社会で生き抜いていくには、やはり高度な専門知識を身につけておくことが有利である。高学歴を有し、流暢な英語を話し、社会経済的地位が上昇した華人は、もはや老朽化したチャイナタウンには住まないし、住む必要もない。彼らは、郊外の快適な住宅地に居住することを望む。教育熱心な華人の親は、どの地区の学校のレベルが高いかということに、常に大きな関心をもっている。その結果、レベルの高い学区へ華人が集中することになる。

今後風当たり強く?

 六〇年代の公民権運動の高まり以降、アメリカは移民に対して、きわめて寛容な政策を進めてきた。中国大陸、台湾、香港、東南アジアから、勤勉で教育水準が高く、有能な華人頭脳が多数流入し、アメリカの経済、科学技術の発展に大きな貢献をしてきた。しかし最近になって、アメリカ社会の移民に対する意識に変化が生じてきた。すなわち、苦労して納めた多額の税金が、不法移民やマイノリティ・グループの教育、福祉などに費やされるばかりだという不満である。

 私の滞米中の昨年十一月には、カリフォルニア州の住民投票で、不法移民の追放を図るために不法移民への公教育、医療サービスの停止を求める「提案187」が、賛成五九%、反対四一%で可決された。急成長を続けてきた華人社会に対しても、今後風当たりが強まることが懸念される。
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山下清海(やました きよみ)
 秋田大学教授・人文地理学専攻
 一九五一年、福岡県生まれ。著書に「東南アジアのチャイナタウン」「シンガポールの華人社会」など

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