読売新聞 19991013日夕刊 「文化」欄
 
華人社会 多様化を象徴・・・・チャイナタウン見聞記
出身地の”色”濃く  楼門建て、各国で観光名所に

 山 下 清 海

 一〇月一日の国慶節で、中国は建国五〇周年を迎えた。一九四九年に中華人民共和国が誕生して以来、国内外の激動の時代を経て今日に至った。その過程で、二五〇〇万人とも三〇〇〇万人ともいわれる海外の華人社会は、世界にますます広がり、新しいチャイナタウンも形成されつつある。

 私は、この数年、東南アジア、北アメリカ、ヨーロッパなどのチャイナタウンや華人社会を見て歩いてきた。そして、このほど、オーストラリアを訪れた。ここでは、オーストラリアのチャイナタウンの現状を紹介しながら、世界的な視点から今日のチャイナタウンの動向について考えてみたい。

 オーストラリアは、七〇年代半ば、従来の白豪主義から多文化主義に政策転換し、アジアからの移民や難民を積極的に受け入れるようになった。人口一九〇〇万人のオーストラリアに、約三〇万人の華人が住んでいる。

 来年九月、オリンピックが開催されるオーストラリア最大の都市シドニー(人口四〇〇万人)。その都心の南部にチャイナタウンがある。八〇年に、ディクソン通りの両端にりっぱな中国式の楼門(中国語で「牌楼」<パイロウ>)が建てられた。また、一九五六年にオリンピックを開催した、オーストラリア第二の都市メルボルンにも、中心部の繁華街に隣接してチャイナタウンが形成されている。ここでは、七五年から市当局によりチャイナタウンの整備が進められ、リトルバーク通りに四基の牌楼が建立された。

 サンフランシスコ、ロンドン、日本の三大中華街(横浜中華街、神戸南京町、長崎新地中華街)をはじめ世界のチャイナタウンの中には、観光名所としての整備が積極的に進められているところが少なくない。その最大の目玉が、チャイナタウンのシンボルとなる牌楼の建設である。世界のチャイナタウンの中でもっとも観光地化が進んでいる横浜中華街では、九五年に、八基(さらにもう一基建設予定)の絢爛豪華な牌楼が新改築された。

 シドニーやメルボルンのチャイナタウンの魅力の一つは、フードコート(中国語で「美食中心」)のにぎわいである。いわば現代的な屋台村である。香港、台湾はもちろん、シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイなどの華人が好む庶民の味が、手頃な料金で味わえる。まさにここは「華人世界」である。

 シドニーの中心部から電車で西へ三〇キロあまり、フェアフィールド市のカブラマッタでは、駅前から続く整備された商店街に、漢字やベトナム語の看板があふれている。カブラマッタは、シドニー第二のチャイナタウンと呼ばれる。町の中心部には、フェアフィールド市当局と地元の華人団体などが、町の美化と観光促進のため、九一年に重厚な牌楼(写真)を建てた。

 第二次世界大戦後、カブラマッタには移民キャンプが設けられた。一九五〇、六〇年代は、もっぱらヨーロッパからの移民が多く住んだ。しかし、七五年のベトナム戦争の終結、インドシナの社会主義化の過程で、迫害され難民となった人々やボートピープルの中には華人が多かった。このようなベトナムを中心とするインドシナ系華人難民が、カブラマッタの移民キャンプに入居し、その後、カブラマッタ周辺に定住するようになったのである。町の至る所に、「フォー」(ベトナム式肉うどん)のレストランが見られ、カブラマッタは「リトルサイゴン」とも呼ばれる。

 このようなベトナム系華人の進出は、ニューヨーク、ロサンゼルス、トロントをはじめ世界中の多くのチャイナタウンで著しい。パリ南部の一三区のチャイナタウンやシカゴの「北チャイナタウン」(北華埠)も、カブラマッタと同じようにインドシナ系華人が中心になって形成されたものである。

 一方、シドニー中心部から電車で西南へ二〇分ほどの、カンタベリー市のケンプシーは、韓国人が多い町として知られている。しかし、ここは、インドシナ以外の東南アジアの華人や中国大陸からの新移民の増加が著しい地区でもある。商店の看板には、ハングルとともに漢字が目立つ。地元在住のマレーシア出身の華人は、「ここならば、あまり豊かでない新移民でも、住宅や商店を取得できる。裕福な香港人や台湾人は、シドニー北部のより高級な住宅地に多く住んでいるよ」と語った。

 ひとくちに華人社会といっても、最近は新移民の増加に伴い、出身地、言語、学歴、職業、所得などの面で多様化が進んでいる。ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、トロント、バンクーバーなどの郊外には、香港人や台湾人など豊かな新移民による新しいチャイナタウンが形成されている。

 このような新しいタイプのチャイナタウン形成の背景には、インドシナ難民の出現、改革・開放政策に伴う中国の出国ブーム、香港の中国返還や中台関係の緊張などによる香港人・台湾人移民の急増などがある。最近、オーストラリアでも欧米においても、移民の受け入れを制限しようとする声が高まりつつある。今後のチャイナタウンの盛衰は、移民受け入れ社会の態度に大きく左右されよう。

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山 下 清 海  やました きよみ

東洋大学教授・人文地理学
一九五一年福岡県生まれ。

著書に「東南アジアのチャイナタウン」「シンガポールの華人社会」など。

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