書 評
 

 「地理学評論」(日本地理学会) 

第75巻、第3号、2002年3月1日 

  山 下 清 海 

チャイナタウン 

世界に広がる華人ネットワーク

丸善、2000年、208頁、2300円(消費税別)

  評者:西原 純(静岡大学情報学部 教授)


 チャイナタウンについての日本人研究者として真っ先に名前があがるのは、この本の著者である山下清海氏であろう.山下氏はこれまで、チャイナタウン形成過程やそこに展開する華人方言集団について多くの学術論文とともに、『東南アジアのチャイナタウン』(古今書院、1987)や『シンガポールの華人社会』(大明堂、1988)を上梓されており、チャイナタウンをわかりやすく世に紹介されている.評者は、チャイナタウンやエスニック集団を専門に研究しているわけではないが、長崎やトロントで華人の人々と身近に接した経験から、あえてペンを取った次第である.的はずれな書評となっている部分が多々あると思うがご容赦願いたい.

 本書は、一般の読者を対象にしながら、前著で取り上げられている東南アジアのチャイナタウンについてのその後の変貌だけでなく、アメリカ・ヨーロッパ大陸に展開するチャイナタウンにも対象を広げ、フィールドワークに基づいて書かれている.世界の数多くのチャイナタウンの様子を紹介する本としては、これほどまでにフィールドワークに基づいて書かれている本も珍しいであろう.

 本書の構成は以下のようになっている.プロローグ「華人社会とチャイナタウン」、第T章「華人と華人経済」、第U章「チャイナタウンの景観と食文化」、第V章「チャイナタウンの社会と華人のふるさと」、第W章「日本のチャイナタウン-三大中華街」、第X章「東南アジアのチャイナタウン」、第Y章「アメリカ・カナダのチャイナタウン」、第Z章「ヨーロッパのチャイナタウン」、「エピローグ いま世界のチャイナタウンは-オーストラリアの考察から」.

 第T章から第V章まで、世界各地への中国系移住者を、今日、華僑ではなく華人と何故呼ぶようになったか、華人社会の拠点であるチャイナタウンの特色ある景観とそこでの魅力・料理の楽しみ、華人の出身地ごとの方言集団とその集団に特有の職業、および方言集団・職業集団をまとめる団体・会館ついて述べられている.

 第W章では、横浜中華街・神戸南京町・長崎新地中華街という日本の三大チャイナタウン、第X章では、東南アジアで華人と現地人との間に生じている問題、および東南アジアのおもなチャイナタウンのうちから、シンガポール・ジャカルタ・マニラ・バンコック・ホーチミンがとりあげられている.第Y章では、アメリカ・カナダ・ヨーロッパのチャイナタウンのうちから、サンフランシスコ・ニューヨーク・ホノルル・バンクーバー・トロント・ロンドン・パリが取り上げられている.世界各地のチャイナタウンを述べる際には、形成の歴史、華人社会の特色、祭礼、最近の新しい動き(事件・災害など)など、できるだけ同じ項目を取り上げられ、チャイナタウンごとに比較できるよう配慮されている.一方、アメリカ・カナダでは移民法の改正、オーストラリアでは、華人と他の東南アジア系移民との関わりなど、その国でのチャイナタウンを取り巻く近年の特別の事情について懇切丁寧な説明がなされている.

 特に評者の目を引くのは、アメリカ・カナダに形成された都市圏郊外部のチャイナタウンである.本書で述べられているように、例えばトロント大都市圏では、都心地区近くに従来の3つのチャイナタウンがあり、1980年代以降には郊外部にいくつかの新チャイナタウンが形成されている.トロント大学の都市・コミュニティ研究センターの報告書によると、トロントへの新着移民は、古くは中心地区に多く流入していたが、近年では郊外地区にも多く流入するようになった.ところが都市圏を構成する地方自治体間には、新着移民に対する姿勢・支援サービスのレベルに非常に大きな違いがある.さらに郊外地区には、新着の移民集団との共生に慣れていないコミュニティが多くあって、中国系移民を始めとする新着移民の流入・定着は大きな地域問題となっている.トロント都市圏のマーカム市には新チャイナタウンがあり、このチャイナタウンをめぐるマーカム市助役の発言で、地元コミュニティの人々をも巻き込んで、華人集団とマーカム市役所との間に紛争が発生したことがある.

 日本人の立場から言うと、カナダに移民として渡り自分の生活を確立するのはたいへん難しいのに、何十万人もの華人がカナダに渡り、どのように生活を成り立たせているのであろうか?本書を読むと、華人たちは、移住先での生活が確立されていない時期には、同郷団体・同業団体を利用して、お互いに仕事を融通しあい、また母国と移住先とのパイプを利用して貿易業で生計を立てていることがわかる.その過程では、一つのベッドを時間帯で分けて利用し合うほど、生活を切りつめ、足がかりを築こうしてしていて、華人たちの努力が読みとれる.

 評者のトロントでの経験によると、華人の知人たちは、子どもをカナダの学校に通わせながら、頻繁に母国へ帰国し、中には仕事の半分を母国で半分をカナダで行う人もいた.華人たちは特に子どもの教育が熱心であった.その結果、大学へ進学する割合も高くトロント大学学生の第2の共通語は広東語であると言えるほどであった.また華人経営のスーパーマーケットでは、他の大手チェーンスーパーマーケットに比べて、従業員が多く、英語も未だ話せない人がいた.このような華人系マーケットでは、賃金は安いが華人の新移民者を多く雇って、仕事を融通しあっている様子が見て取れた.

 近年、日本でも文化人類学・社会学・歴史学など他の分野で、華人やチャイナタウンについての書物が多く出版されている.本書はこれらの本とは違って、地図にはきちんとスケール(縮尺)が添えられている.そして世界各地のチャイナタウンとは、大きくてもほぼ1km四方の空間的存在であることがわかる.ただし本書では、チャイナタウンという地区については、詳細で明快な記述がなされているが、そこに活動する人、生活する人が具体的にどのように活動し、生活しているのか、その実体がやや浮き上がってこないのが難点である.この点は、地理学の方法論の問題に帰着すると思うが、読者が一般の人まで広がっていることを考えると、この観点が欲しかった.

 この本のもう一つの特徴は、情報化時代を象徴した出版物であることである.刊行直前には、この本の紹介が丸善のURL上で流され、人々の興味を引くような努力がなされていた.またそのURL(http://www.maruzen.co.jp/home/pub/chinatown/index.html)には、本書では白黒写真でしか紹介されなかった風景・食事がカラー写真で紹介され、世界各地のチャイナタウン・団体・資料館のWebページのリンク集が用意されている.大学の情報学部に所属する評者にとって、電子出版時代の一つのあり方と感じ入った次第である.

 評者が、調査のために長崎や神戸のチャイナタウン関係者を訪れた際に、インタビュー相手の方からよく出たのが次の言葉である.「先日、秋田大学(もしくは東洋大学)の山下先生という人が来て話しを聞いていきましたよ」と・・・.山下さんはここにも来ていたのかと驚いた経験がある.評者は、この本から、華人の生活のたくましさや将来のための努力を、山下氏のフィールドワークのたくましさを学びたいと思うのである.