『中国語ジャーナル』 2001年5月号  発行:アルク

 

エッセイ 中国語とわたし 第6回

 チャイナタウンは、深いぞっ

山下清海

(東洋大学国際地域学部教授)

 


 わたしの中国語は、かなりブロークンである。大学院時代に文部省のアジア諸国派遣留学生としてシンガポールの南洋大学地理系に留学(1978-80年)していたときに、華人学生と話しながら、実践的に身につけた中国語(現地では「華語」という)だからである。南洋大学は、1955年、東南アジアで唯一、華語で講義を行う最高学府としてシンガポールに設立された大学であった。その後、シンガポール政府の英語重視政策の下で、講義用語は英語に切り替えられたが、当時の南洋大学の学生も教員も、多くは華語教育の学校出身者であった。私は、キャンパスの中に設けられた学生宿舎に住んで、昼食も夕食も毎日、華人学生や教員と華語で会話しながら、生活の中で華語を学んだ。そのせいか、今でも中国を訪れると、「あなたの中国語は南方なまりだ」とよく言われる。そんなとき、私は対抗意識を燃やして「あなたの中国語も、北京なまりが強いよ」、「あの広東人が話す『普通話』はまるで広東語のようだ」なんて悪たれ口をたたいたりする。


 私は、大学院の修士論文で横浜中華街の研究を始めて以来、今日に至るまで、一貫して国内および世界各地の華人(華僑)社会やチャイナタウンの研究に取り組んできた。専門は人文地理学なので、フィールドワークを重視している。世界各地のチャイナタウンを訪れ、景観を観察しながら地図を描いたり、華人から聞き取り調査をしたりする。世界中の華人社会では、広東語、福建語、潮州語、客家語、上海語、北京語など、さまざまな中国語の方言が用いられている。中国語の方言間の差は非常に大きく、まるで外国語ほどに違うからたいへんだ。それに、それぞれの地域の華人社会は、方言集団の組み合わせが異なる。例えば、シンガポールでは、福建省南部出身者であるいわゆる福建人が多く、従来は福建語が華人社会の共通語だった。マレーシアの首都クアラルンプールの華人社会は、広東人中心の世界である。タイの華人社会では、圧倒的に潮州人(汕頭周辺の広東省東部出身者)が多い。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどのチャイナタウンは、19世紀半ばのゴールドラッシュで広東省の珠江デルタから移住してきた広東人が中心になって構成されてきたから広東語の世界であった。日本の身近な例で言えば、横浜や神戸は広東人中心、長崎は福建省北部の福清地方出身者が多い。

 こうしてみていくと、世界の華人社会やチャイナタウンを歩く場合には、広東語や福建語などの方言は不可欠のように思われる。しかし、皆さんが日本で学ぶ普通話(標準中国語、華語)で基本的に十分である。かつては、広東語ができなければ話にならないと言われたアメリカ、カナダ、オーストラリアなどのチャイナタウンでも、最近は、普通話がよく通用するようになった。サンフランシスコのチャイナタウンでも、普通話で話しかけると、香港出身の従業員が、広東語なまりの普通話で答えてくれるようになった。マンハッタンのチャイナタウンの福州人街を歩いていたら、普通話で道を尋ねられたりする。ニューヨーク第2のチャイナタウン(クイーンズ区フラッシング)は、「小台北」と呼ばれるほど台湾人が集中しているが、ここでは、「国語」(標準中国語)の世界である。このように、最近の世界に広がる華人社会における普通話の普及はめざましい。

 最後に自己PRになるが、私の著書『チャイナタウン−世界に広がる華人ネットワーク−』丸善ブックス(\2300)および『東南アジアのチャイナタウン』古今書院(\1800)には、日本および世界各地のチャイナタウンの地図が掲載されている。これらをガイドに、チャイナタウンの魅力を、足と舌で大いに味わっていただきたい。

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