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近代小気候観測のすすめ


 吉野(1986)によれば、小気候は“局地気象の積み重ねによって形成される小地域の気候”とあります。大気科学を志す人は、だれもが一度は身近な気象を観測してみたいと思うでしょう。たとえ教科書に書いてある事だろうと、自分で始めて計測した現象はその人なりの発見であり、自然科学への第一歩です。小中学校での自然体験もいいですが、理論を学習する事と並行して自ら観測を実施すること(体験することではない)は重要だと考えます。

 気象観測というと、私も学生時代にアスマンや係留気球にお世話になった事を思い出します。しかし、いざ学外の研究者と一緒にプロジェクト研究に参加するようになると、やれ超音波風速計だの、ウィンドプロファイラーだの、気象レーダだの、電磁波を利用した遠隔測定が積極的に導入されているのには驚かされました。衛星観測データを観測値としてモデルの初期値や検証に使うことは今やあたりまえの世の中となりました。大気現象だけではなく、陸面状態や海洋、植生など、気候システムを丸ごと計測する”地球観測”時代が到来しています。

 観測技術が進歩すれば身近な気象が手に取るように把握できるようになったかというと、そうとも限りません。高額な測器・システムを手軽に運用することはできないからです。自ら観測体系を考え、大学でこそできる機動性を生かした小気候観測に挑むことも、非常に魅力的なのです。既存の観測地点やデータも含めれば、立派なデータが揃います。気象観測は測定原理と現象の物理を事前に学習しないと、とんちんかんなデータになってしまうことがあります。実施にあたっては、知識ではなく行動力・チームワーク・交渉力が物を言います。PCでデータと向き合ってばかりいると、啓示的で頭の体操的研究になりがちですが、現場に出る事で現実が直感でき、段取り力が身につきます。そして社会勉強にもなるのです。

 卒論で観測に興味があると来る学生さんの殆どは、まず自分の出身地域の現象を口にします。自分が住み慣れた地域を、科学的側面で客観的に見直すことは大変重要です。一方で、自分の知らない地域や海外の現象をテーマにすることも、それはそれで自分の視野を広げる大変良いきっかけとなります。学生のうちに自分の世界を広げておくことは非常に重要です。私が10年間滋賀県に務めことで同じ日本でも世の中がこんなに違うという事を知ることができました。山あり森あり田あり湖あり、夏場の局地循環から冬の季節風まで、それはもう観測の宝庫でした。県は環境行政を前面に打ち出していましたから、いろいろな場面で地域の環境問題とグローバルに進行する気候変動とをどのように関連させてとりあつかうべきか考えさせられました。気象や気候システムの正しい知識を必要としている人は、実は非常に多岐に及びます。行政からエコビジネス、生態学者からNPO、学校の先生から農業従事者まで、、、大気の運動そのもの物理原則を突き詰める事も重要ですが、異分野のためになる定量的な大気データの取得・提供や活用方法の普及も重要な社会貢献となります。その意味で、大気分野の学生さんは就職先の選択肢の幅をもう少し広げても良いかと思います。

 今までの卒業研究の中から、いくつかの意欲的な観測研究を以下に紹介します。他にも興味深い卒論は山のようにありますので、詳しくは研究室のリストをご覧下さい。。

<Mu君の事例>
野鳥観察がライフワークのM君は、琵琶湖にやってくる渡り鳥の個体数の変動が人為的要因によるものか、自然的要因によるものかを把握したいと思い、卒論に着手しました。その結果によると、湖北にやってくる野鳥の個体数が冬季の気温と琵琶湖の水位の変動から説明できるらしい、、詳しくは参考論文21を参照のこと。

<Ma君の事例>
“僕はどうしても風力発電をやりたい“と聞きませんでした。気象学に燃えて着任した私にとって、“渡り鳥“の次は”風力発電“との展開に唖然とするばかりでした。備品でそろえた新品の風速計とカイツーンは、ワイプル分布推定とやらの作業のために早々に貸し出される事に、、。しかし、彼のおかげで、風の応用面や風工学への興味へと研究の幅は一気に広がりました。感謝。

<Sgさんの事例>
”公害はできませんか”と研究室をノックする学生さんがいました。東京出身の私は、滋賀県なんぞに公害など無縁ではないかと、大変失礼な偏見を持っておりました。しかし良く聞くと、出身の長浜では時折異様にオキシダントが高いらしい。データ解析の結果、他県からやってくるのではなく、汚染物質が局地循環で沿岸と湖上を行ったり来たりしながら蓄積しているのではないかという、大胆な仮説を打ち出しました。詳しくは参考論文33を参照のこと。

<Sz君の事例>
いろいろ考えてばかりでなかなか具体的な作業に取り組まなかった彼は、夏休み前直前におもむろに太陽光発電をやると言い出しました。風力発電の前例がありましたので、ありったけの放射計を並べさせ、まあ好きにやってみなさいと言いました。すると、どこぞから自分でソーラーパネルでの発電効率と散乱に関する簡易モデルの文献を探し、卒論をまとめていきました。散乱に対する認識が甘かった自分にとって非常に参考となる卒論でした。詳しくは学会発表欄を参照のこと。

<Te君とHa君の事例>
Te君はヒートアイランドの観測をしたいと言うので、夏休み中晴天日には毎日車で移動観測をしなさい、といったら本当に40日間彦根市内のデータを取りまくりました。その結果、高温域は昼夜で場所が移動する事がわかり、その要因が局地循環によるものか人口熱源によるよるものか大変面白い考察へと展開しました。次にHa君が市内の土地利用を調べた結果、現地特産の近江瓦の建造物が分布する事が判明。そこで、瓦屋さんに乗り込み最も厚そうな瓦を調達してきました。コンピュータに強い彼は、屋外で瓦やどっかからひろってきたアスファルトで人工陸面を作り、熱伝導計算をごちゃごちゃ行った結果、瓦は土壌と同じような特性であることを見出しました。現場に則した野外実験の重要性を認識させてくれた卒論でした。詳しくは学会発表欄を参照のこと。

<Ka君の事例>
プロ野球が大好きな彼は、私の授業を右端でいつもつまらなそうな顔で聞いておりました。その彼が千葉県沿岸の某野球場の強風に関して調べたいと言い出しましたので、海陸風の観測でもしようかと風況調査を開始いたしました。その後、内容はエスカレートし、風洞実験から本物のスタジアム内で観測まで実現しました。プロ野球のスタジアム内でタダでパイバル観測をした研究室はたぶん何処を探しても無いと自負します。このような内容が、某研究所との発共同研究で某学術雑誌に載るなど、研究者人生なにが起こるかわかりません。詳しくは参考論文37を参照のこと。

<Da君の場合>
”すごい吹雪で死ぬかと思いました”と目を白黒させながら観測の様子を語ってくれたDa君。大気分野に分属したにもかかわらず、雪氷観測なんぞやるとは夢にも思っていなかったのでしょう。それでも一人で菅平まで出かけていき、黙々とデータを取ってくれました。ある日、積雪深のデータを見ていて明らかに異常値が。てっきり観測システムの不具合かと思っていたのに、思わぬ発見がありました。詳しくは参考文献”凹型積雪深変動”を参照の事。

<Kassi君の場合>
植生変化が粗度やアルベドを左右することは自明なのですが、植生に関する手軽な自動観測は大幅に遅れています。そこで夏場に遊んでいる積雪深計で草丈変化を定量化することに挑戦。つくば市南端の気象研まで自転車で通い、草丈を計測して卒論をまとめました。EXCELの達人である彼は、その後つくば市内複数地点の気象データを分析し、値点差を明らかにしました。CEOPつくばのデータを見るたびに彼の顔を思い出すでしょう。

<Shinya君の場合>
地元で盆地気候で観測をしたいとの事。そもそも福知山などどこにあるかも知らない私は地図を引っ張り出しました。本研究始まって以来の遠隔地観測なので、どうしようか迷いましたが、本人の熱意に負けて自動測器5台を貸し出すことに。自分も土地勘も無い中、設置交渉に臨みました。実は、ここは大きな谷地形が南北に走り日本で最も低い分水嶺を越した内陸、紀伊水道から広域海風が到達する興味深いデータを得ることができました。当初目論んでいたことと異なるデータが取れる発見も観測の醍醐味でしょう。

 これからも、意欲的な観測研究テーマを発案してくれる学生さん、歓迎します!