<現在取り組んでいる研究課題を紹介します>

*チベット・ヒマラヤ山域周辺の水熱循環過程
>土壌水分と降水系の相互作用
>山岳での段階的なモンスーンオンセットの仕組み
>総観場とメソ擾乱の相互作用
>モンスーン低気圧の季節内活動と陸面過程
>高所気候変動の長期モニタリング

*ヒマラヤの長期山岳気象モニタリングと年々変動: シャンポチェAWSの運用も20年目に突入です。EV-K2-CRNグループ(イタリア)と共同で、ヒマラヤで起こりつつある高所気候変化のメカニズムと複雑地形に影響を受けた山岳気象を近代観測の目を持って明らかにしていきます。エベレストサウスコル(8000m)のデータなど、ここにしか無いデータを解析するのも楽しみです。

*中部山岳域の気象環境変動、特に冬期の気候変動と降積雪観測: 低気圧活動の変調に伴う冬期の気候変化と山岳積雪環境への影響を評価します。同時に重量式降雪量計・レーザー式雨雪判別の自動計測手法を構築し、同技術を将来的にはチベット・ヒマラヤ域で転用しようと考えております。山岳域では低気圧の通過に伴う降雨の発生が、その後の積雪構造に与える影響に関しても研究を開始しています。同時に、信州大学や岐阜大学が管轄する山岳気象官署のデータも収集し、集中観測も含めて今まで2次元でとらえていた山岳局地循環の3次元的構造を明らかにしていきます。

*つくば市周辺の気象データの統合的解析と大気陸面作用: CEOPつくばプロジェクトの一環として、複数の研究機関の気象データをアーカイブし、水田からつくば山頂までサブグリッド内の陸面不均一性に由来するデータの空間変動要因を明らかにしていきます。陸面フラックスから混合層の日々の変動まで一次元でとらえ、数値予報モデルとの整合性を分析します。

*CEOP-AEGS、TPEプロジェクト:チベット域を中心とする水循環と大気陸面過程を様々な手法で観測しモデル化していくプロジェクトがEU-FP7にて採択・実施されました。同時に中国科学院が主管として発足させたThird Pole Environmentプログラムが走り出し、降水ワーキンググループが組織されました。今後、アジアにおける山岳気象・水循環研究の国際的枠組みに対し、リーダーシップをとっていかなければなりません。

上記の研究課題に興味のある学生さんも大募集しております。
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研究活動に対する取り組み
 研究ができる職場は沢山ありますが、私の場合は大学人としての道を選びました。それは、自由な発想が尊重され、教育活動を通じて人とコミュニケーションをする場でもあると考えたからです。大学の利点は、基礎研究を学生さんとの共同作業で進められる点にあると思います。基礎研究とは、単に応用目的ではないという意味ではなく、ある程度長期展望にたってアイデアを暖め実証できる研究だと思います。一言で言えばマイペースで好きな事ができる、、このご時世、何を贅沢なことを言っているのか、とお叱りを受けるかもしれません。しかし、ほんとに突き詰めたいことをちゃんと”自分で”探求することは基本だと思うのです。特に自然相手に実測から仮説をたて検証していく場合、成果が出るのに時間がかかります。その時重要なのは発想力。特に若い世代が生み出す発想や行動力は、大学での研究のエネルギー源です(最近は、物足りなさも感じますが、、)。研究所が目的に特化した研究を役割分担で進めるのなら、大学では個人のアイデアを磨き、フットワークを生かして積極的に共同研究を構成することのメリットを存分に活かすべきでしょう。

 学生時代から地形と降水現象の関係に強い興味がありました。降水分布は他の気象要素にくらべ地域性や時間変動に富み、人間活動や陸面状態にも大きく影響を及ぼしています。山岳は熱力学的作用により水蒸気を集積し、あるいは障壁として働きます。同時に、雲システムは陸目への放射・熱収支を変え、大気へのフィードバックが発生します。複雑地形は時として極端な降水量の増減とそれに伴う自然災害をもたらし、分水嶺により利用可能な水資源の境界が発生します。大山脈は県境や国境となり、風土や文化の境界を形成する場合もあります。同時に高所・遠隔地であることが多く、気象そのものが未解明な部分も多いはずです。これらの地域では、観測網が整備されておらず、自分の足で稼いてデータをとる作業も必要となり、打って付けの研究フィールドでした。

 標高が高いと降水は降雪としてもたらされます。積雪は降水過程の履歴を残し、点データからでも時間をさかのぼって現象を解釈することが可能です。冬の日本海側は世界でも有数の低緯度豪雪地域で、暖地積雪研究が盛んに行われてきました。大陸では、積雪の再配分が卓越し、高所では降り積もった雪が氷河を形成し、乾期や半乾燥域の貴重な水資源となります。つまり山岳の降水システムは高所の熱源や植生分布をコントロールするとともに、巨大なWater towerを形成しており、一方で、気候変動のシグナルを我々に教えてくれます。そして、なんといっても白銀の世界は美しく、山から流れ落ちる氷河は圧巻です。

 降水過程、山岳気象、雪氷、地域性、といったキーワードが、現在取り組んでいるヒマラヤ・チベット山塊での水循環過程の研究や、中部山岳域での降積雪調査の基礎となっています。フィールドワークで不可欠な判断力は、現場で他大学の皆さんと共同生活をしつつ学び培われたものです。私の研究室では、世間一般に関心の強い、温暖化、都市気候、天気予報、防災、などのテーマは積極的に取り上げて来ませんでした。これらに関心が無いという訳ではありません。しかし、気象庁や巨大研究機関が取り組んでいるテーマにあえて相乗りする必要があるかどうかは考え物でだと思うのです。ただでさえ研究者層の少ない業界で、テーマをかぶせる必要はなく、自分なりにワクワクし取り組みやすいテーマを色々歩き回って探し出す方が楽しいのかもしれません。ちなみに、欧米に比べて比べて日本は研究者層が薄いと考えがちです。しかし、そもそも日本人は人と異なる事を嫌う習慣がアダになっているようにも思います。時代の最先端を視野に入れることは非常に重要ですが、みんなが同じような方向性を向き、それによって限られた方向性に必要な才能の持ち主しか勝ち残れない研究者育成構造が生まれているとすればパラダイムは生まれません(いくら、***予算と銘打って若手を育てようとしても)。まして、根幹となるアイデアが未だに欧米からの輸入だとすれば、、、。”

 “研究は紙と鉛筆さえあればできる“と教わったことがあります。実際に研究者として働き出すと、そんな悠長なことは言っていられず、“才能、資金、人材、こね、、、“といった現実的・物欲的・俗世間的誘惑に絶えず惑わされます。しかし、知りたいことや調べたいことに没頭している事こそが、研究です(これは研究に限ったことではなく、何かを一生懸命探求するときはあたりまえの事ですが、、)。あとは自分の妄想を理論的な仮説へとひっぱりあげられるかどうか。そのために必要なのはやはり“紙と鉛筆”、いや、現代版で言えば”PCとソフトウェアー”、そして考えるための十分な“時間“。一方、アイデアは時間があればどんどん生まれるかというとそうでもありません。私の場合、他分野の研究発表を聞いていたり、たまたま学術雑誌を読んでいたり、機内でワインを片手に外を眺めていたり、ふとしたときに思いつきます。脳の片隅で探求に向けた思考回路はちゃんと働いているのでしょう。

 研究手法も大切ですね。私の場合は、主に観測から顕著な現象を切り抜くことと、多要素のデータを比較・合成解析する事を主な手法として来ました。必要なデータを取るためには測器の工作、設置、データ収集など何でもこなし、重要と認識すればいかなる交渉にも臨みます。現場の生データから衛星・客観解析データや数値モデルの結果まで、新聞の記事から聞き取り調査まで、必要とあればいかなる情報を入手し、スケール間の連動を丁寧に分析します。しかし最も重要なことは、躊躇せず現場に向かう(人と接する)フットワークの軽さとなるべく多くの現象を観察する目かもしれません。最近、学生さんはコミュニティーモデルを使った数値診断をいともたやすく実施するようになりました。私も院生や研究員の方にモデル実験や作図を依頼する事が増えました。自前の仮説を検証する道具として、数値モデルは絶大な威力を発揮します。しかし、モデルが複雑になればなるほど、基礎的物理過程の理解と診断能力が必要とされることを痛感します。自分が使いこなせる道具に向き不向きはつきものですが、使える物は何でも取り込む姿勢は持ち続けたいと思っています。

 若い時ほど“妄想“する時間があり、発想は新鮮かつ斬新です。しかし、発想力はけして才能ではなく、活発な研究者集団と経験を積むと自然に備わってきます。一方、学生さんは時折思いもよらない論理展開や行動力を発揮する時があります。彼らの発想を引き出し自分の研究の幅も広がればまさに一挙両得。お蔭様で、大気水文現象に関する幅広いジャンルに、研究の触手を伸ばすことができました。手を付けた異分野は、生態系、風力発電、公害、風工学、、、これからも学生さんの発想力と行動力に期待をし、面白い研究を進めていきたいと思います。

 私の好きな言葉のひとつに”セレンディピティ”という用語があります。テーマの巡り合わせは不思議なもので、興味の幅が広いほど、そのチャンスも広がるようです。発想力豊かな学生さん、是非、科学を議論しましょう。