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滋賀県とのかかわり、気候と風土
 私は平成7〜17年の間、滋賀県立大学環境科学部に勤務しておりました。関西圏に在住するのは初めてで、まさに聞くもの食べるもの、同じ日本人でもこんなに嗜好が違うものかと驚かされたものでした。知らないうちに身についてしまった”関東=日本の中心”的考え方を、異なる価値観が雑居する職場で徹底的に見直す機会に恵まれたわけです。つくば研究学園都市は緑に恵まれ、広々とした筑波大学のキャンパスも大好きでした。しかし、自然現象の発現に関してはともすると平凡で、観測対象にも乏しさを感じてきました。気象観測を主体とする実践教育を行う意味でも、県大は格好の職場でした。

 滋賀県は琵琶湖集水域とほぼ一致し、飲料水を下流の都市圏に供給する責務から、自ら”環境”を県政の前面に押し出しています。一方で豊かな水資源と中京・京阪神への地の利から、企業への好立地条件を備え、経済発展のために起爆剤的な企画を立ち上げる場合があります。たとえば”琵琶湖空港、新幹線新駅、琵琶湖環状線”。その中で設立された日本発の環境科学部には、日本各地から環境問題撲滅を夢見る若者が随分集まっていたように思います。

 第一期生と一緒に滋賀県に”入学”した私は、関西弁もままならぬ授業を展開しはじめます。主な気象学関連の授業以外に、フィールドワークと称して炭焼き、菜種油しぼり、間伐作業、堆肥実験、など今考えればおどろくべき授業に参加しておりました。同時に、気象学をちゃんとした物理概念で教える必要に迫られ、独学で教材を整えたのもこの時期です。”環境科学は学部から”という理念は今でも正しいと思います。残念ながら本格的な環境問題を研究主題にすることなく転出してしまいましたが、環境学は地理学が本来目指すべき発展形であると思います。

 滋賀県は琵琶湖を中心とする田畑、森林に恵まれ、暖候期の局地循環、冬季の季節風、都市化など、四季折々変化する気象の題材には事欠きませんでした。年に必ず数名は気象を勉強したいという好奇心旺盛な学生がおりましたので、彼ら彼女らと少しずつ流域気候と人間とのかかわりを解明していこうと、卒論指導を展開しました。そこで観測した結果や観測技術のたノウハウが、すべてその後の授業教材として生かされています。県大を巣立った学生さんは様々な分野や業種で活躍し、若干名は博士をとり、りっぱな研究者として活躍しています。
 
 一部は”近代観測と小気候”の章でもご紹介しましたが、以下に、卒論で取り扱ったテーマを列挙します。

<局地気象のメカニズムと応用・利用(大気汚染、風力発電、太陽光発電)に関して>
彦根周辺における湖陸風と一般風の構造及び熱収支との関係(服部)
湖東地域における湖陸風と山谷風(岩崎)
滋賀県における風力発電の可能性について(増沢) 
滋賀県希望ヶ丘文化公園周辺の風況調査と風力発電の可能性について(平内)
太陽光発電における散乱日射の寄与(鈴木)
滋賀県周辺での光化学オキシダントの輸送過程に関する気象学的解析(杉本) (論文 33参照)

<ヒートアイランド・建築物放射収支に関して>
滋賀県彦根市における暖候期のヒートアイランド現象の実態と形成要因(寺島)
湖岸都市彦根市におけるヒートアイランド強度の変動と琵琶湖の影響(巳波)
人工陸面の熱物性と大気加熱への影響(速水)
建築物壁面での放射収支と表面温度の特性(岡弘)

<気候変動と降水量・積雪変動に関して>
サヘル周辺における降水量変動の解析(長野)
若狭湾周辺地域における冬季降水分布の形成要因(山本) (論文 30参照)
彦根市におけるひと雨の出現特性(西岡)
滋賀県北部地域における積雪水量推定(西城)
琵琶湖集水域北部における面的な積雪水量推定(岩木)

<生態系と小気候特性の関係に関して>
滋賀県北部におけるオオヒシクイの個体数変動に対する気象と琵琶湖の水位の影響(村上) (論文 21参照)
暖候期における社寺林内の温湿度特性(関)

今でも新幹線の車窓から琵琶湖が見えるたび、学生と駆け回ったフィールドを思い出します。学食では当時学長であった日高先生が、学生諸君と楽しく昼食をとっておられました。事務の方に、周回路への無断駐車をこっぴどく叱られた事もありました。”環境を教える先生が自分の車の管理もできないのか”と。県の行政担当者に温暖化の講義を開設したり、実験施設の関連で地元の方にしし鍋をごちそうになったこともありました。講座のコンパは必ずといっていいほど談話室でのお好み焼きとナベ。化学や農学、経済からデザインまで多彩な教員の方と話をしました。複合大学では忘れ去られてしまった、教員・事務員・学生、3身一体の楽しい職場でした。

 盆地地形内の3次元的大気運動は未だに不明で、どれだけ琵琶湖の存在が重要であるかは今でも未解明です。研究教育活動で何がしかの恩返しができないかと思うこの頃。関西出身で地元の気象に興味のある学生さんいませんか。