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私なりの地球科学

 ”地球科学”というと皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?岩石、宇宙、温暖化、海洋、地震、恐竜、、そう、人によって千差万別。理解するための複雑さと奥深さを兼ね備えた”統合科学”だと思います。ここでは私の地球科学像を紹介します。

 私は、昔から飛行機の窓にかじりついて、雲や眼下に広がる大地を観察するのが大好きでした。どこまでも続く森林、人工的な模様の織り成す耕作地、山から流れ落ちる巨大氷河、青い海に聳え立つ積乱雲、真っ白な大地。本当の自然と対面すると身震いするほど自分がちっぽけなものに思え、大きな事にチャレンジする勇気が湧いてきます。

 地球科学に魅了されたのは、中学生の頃に見た“コスモス”という科学ドキュメンタリーでした(NHKの地球大紀行よりずいぶん前の話です、、)。カールセーガン博士が世界の様々な場所で、宇宙や地球の生い立ちを分かりやすく解説する姿に感動しました。自分も大陸規模の大自然を直感できる分野はないかと考え、自然地理が勉強できる筑波大学に進学しました。その中でも、全球をつなぐ大気と水の運動はあまりにダイナミックで、不可解でもあり、気象学・気候学を専門に選びました。しかし、実際に勉強してみると目に見えない流体現象を定量的に理解することはそう簡単ではありません。理詰めで考えるより現場も出かける方がが楽しく、卒業研究では3年の頃から雪国にスキーを担いで出かけていき、気象学とも雪氷学ともいえぬ自我流の卒論を書きました。”たかが卒論”。しかし、その時学んだ観測経験が、その後の仕事の売りとなり、チベット・ヒマラヤ・中部山岳域での研究活動を推進するための根幹となるとは、当時は夢にも思っておりませんでした。若い頃に磨いた好奇心と原体験は人生の掛け替えのない宝です。

 大学院では”降水現象”をキーワードとしてアメダスデータを使った国内の降水量分布解析、客観解析データを用いた半球規模の循環場解析と対象スケールを広げ、低気圧活動と降水量変動に関するテーマで博士論文をまとめました。当時は、多くの先生方が地理学を基礎にしておられ、大気科学の物理的な側面を勉強するのはほとんど独学でした。いわゆる気象学を学習する観点では、ずいぶん遠回りをしたようです。しかし、降水現象に関してプロットスケールから半球規模まで、観測からデータ解析まで、モデル研究を除いて学生時代に一通りの勉強ができたことが、現在の研究・教育活動における基盤として非常に生きている事を実感します。当時の指導教官であった吉野先生が、”興味を広く持ち土台が広い研究者となりなさい”とおっしゃった事が忘れられません。

 自然の持つエネルギーは絶大です。人間は自然変動に適応し、共存し、あるいは利用して一生懸命生き延びてきました。このあたりまえの現実を、ちゃんと認識できたのは、大学院生時代に恩師である安成先生に推薦していただき、山田先生(北大)のもと、ヒマラヤでの氷河プロジェクトに参加できたおかげです。その後、小池先生(東大)が主導するチベット高原で数多くの国際学術研究に携われた事で、複数の分野の研究と交流が生まれ、中国TPEやスイスMRIでの山岳研究活動にも参加する事が出来ました。一方で、筑波大学では山岳科学センターが立ち上がり、自分の観測体験の原点となる菅平実験所を中心とした観測研究を多少なりとも復活させることができています。

 温暖化や気象災害がニュースでたびたび取り上げられます。日本は、防災対策に関する情報発信は世界でも類を見ない先進国でありながら、人口は年に集中し、デジタル世界の中で、天候変化の恵み・脅威を体感する機会はあまりありません。紛争が無く暮らしが快適な事はすばらしい事ですが、コマーシャルで流れる”地球にやさしい、、”などのエコ用語を耳にすると、”地球勘違い人間”が増加中ではないかと心配になります。2011年3月に発生した大震災とそれに追随した放射能汚染は、地球そのものの持つ力とそれに対する人間の判断力の未熟さをを再認識させる機会でした。我々の予期しない現象は山のようにあり、それに対処すべき地球科学的知見は不足しています。

 気候システムは様々な時空間スケールの仕組みが複雑に影響を及ぼし合って成り立っています。プロットスケールの観測では、その一部しか目にする事はできません。広範囲のデータを分析したり数値実験を行うことにより、全体の整合性が明らかとなります。三次元パズルを組み立てていく根気のいる作業ですが、チャレンジャブルで夢のある学問だと思います。衛星観測という新たな”目”が加わり、今まで理屈でしか議論できなかった現象を地球規模で把握できるようになりました。その場で海外の研究者とモニター越しに議論ができる通信環境は距離の概念を覆しました。計算技術や数値モデルの進展も目覚しく、モニターに映し出されるシミュレーションはあまりにリアルで驚くばかりです。そして、自分が大切にしてきたフィールド研究をつい忘れてしまう時間が増えました。

 自分なりで良いので、新しい視点をフィールドから発送し、大学でしかできない横断的な研究が継続できるか。”降水、山岳、水循環、陸面過程、観測、雪氷”をキーワードとした研究と日々格闘中です。

 皆さんも一緒に現場に出て、世界を視野に入れた地球科学しませんか?


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